N    「街の空高く、高い円柱の上に、幸福な王子の像が立っていました。

    全身に薄い純金の箔が着せてあり、二つの目はきらきらしたサファイア。

    腰に差した剣の柄(え)には、大きな赤いルビーが輝いています。

    王子はとても美しく、大変な賞賛の的でした。夢の中で見た天使そっくりだと言う子供達がいるほどでした」









N    「ある夜、一羽の小さなツバメが、この街の上空へ飛んで来ました。

    仲間達はみんな6週間前にエジプトへ行ってしまったというのに、彼だけは残っていたのです」


ツバメ 「ああ、疲れた。今夜はこの街で休もう。

    どこに泊まろうかな? いいところないかなぁ……あれ、綺麗な像がある。

    あそこに泊まろう。さわやかな風の通ういい場所だ」

N    「そうしてツバメは、幸福な王子の両足の真ん中にとまりました」

ツバメ 「うわぁ、金の寝室ができたぞ! 素敵な夢が見られそうだ」

N    「ツバメはそんな独り言を言いながら、寝る仕度をしました。

    ところが、頭を翼の中へ入れようとしていたちょうどその時、大きな水の雫がツバメの小さな体にかかりました」


ツバメ 「なんて奇妙なことだ! 空には雲ひとつなく、星もこんなに冴えてきらきらときらめいているのに、雨が降っているなんて! 

    まったく、ヨーロッパの北方の気候ときたら……。

    やっぱり早くエジプトに行かなくちゃ。明日は今日よりたくさん飛ぶぞ!」

N    「すると、また一滴、落ちて来ました」

ツバメ 「雨よけにならないくらいなら、像なんて何の役に立つというんだ? もっとちゃんとした煙突でも探そう!」

N   「ツバメは飛び去る決心をしました。

    ところが、翼を広げないさきに、またもう一滴。

    思わずツバメは顔を上げ
――見てしまったのです。

    幸福な王子の目からあふれた涙が、その黄金の頬を流れ落ちているのを!

     月の光を浴びた王子の顔があまりにも美しかったので、ツバメの胸は憐れみの気持ちでいっぱいになりました」

ツバメ 「あなたはどなたですか?」

王子  「私は幸福な王子だ」

ツバメ 「幸福の? ではどうして泣いていらっしゃるのです? おかげでびしょ濡れになってしまいました」

王子  「私が生きていて、人間の心を持っていた時には、涙がどんなものかさえ知らなかった。

    無憂宮(サン・スーシー)に住んでいたからね」

ツバメ 「無憂宮(サン・スーシー)?」

王子  「そこへは悲しみは入ることを許されていないのだ。

    私は昼は仲間と庭で遊び、夜は大広間で舞踏の先頭に立った。

    庭の周りにはとても高い塀がめぐらせてあったが、その向こうに何があるのか聞いてみたいとも思わなかった。

    まわりのものはみんな、それほどに綺麗だったのだ。

     廷臣達は私を幸福な王子と呼んだ。私も実際幸福だった……もし、快楽が幸福であるとしたらね。

     そんな風に私は生き、そんな風に死んだ。

    ところが死んでしまうと、みんなが私をこんな高い所にたてたものだから、

    私にはこの街の悲惨がすっかり見えてしまうのだ。

    この心臓は鉛でできてはいるが、それでも泣かずにはいられないのだよ……」

ツバメ 「それでは、今夜は何を見て泣いていらっしゃったのですか?」

王子  「ずっと向こうの小さな通りに、貧しい家が一軒ある。

    痩せて、やつれた女の姿が見える。その手はガサガサで、赤く、針の跡だらけだ」

ツバメ 「針の。針子なのですか?」

王子  「そうだ。

    女王の官女の中で一番美しい人が、今度の宮中大舞踏会で着る棕櫚(しゅろ)のガウンに、トケイソウを縫い取っているのだ」

ツバメ 「それはそれは、さぞ華やかでしょうね」

王子  「そのガウンを着る官女は、今、宮殿の別の舞踏会にいる。

    バルコニーで恋人と幸せそうに、素晴らしいこの星空と愛について語り合っている。

    ああ、世の中とは何と悲しいものだろうか! 

    ちょうど同じ今、その針子の小さい男の子は病気で寝ているのだ。

    熱が高く、オレンジを欲しがって泣いている。

    けれど母親には、川の水しかあげるものがないのだ。医者に診せることもできない」

ツバメ 「…………」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    この剣の柄からルビーを外して、その母親の所に持って行ってくれないか? 

    私の足は、この台座に作りつけになっていて、動けないのだ」

ツバメ 「エジプトが、私を待っているんです。

    私の仲間はナイル川を舞い上がり、舞い下りして、大きな蓮の花に話しかけています。

    やがて、偉い王様の墓場へ行って眠るでしょう。その墓場では、王様自身も彩色した棺の中にいらっしゃるのです」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    一晩だけ私の所にいて使者になってくれないか? 

    あの男の子は痛いほど喉がからからになっているし、母親は心から悲しんでいる」

ツバメ 「男の子は嫌いです。この夏、川のほとりにいた時、粉屋の息子の悪童が二人、いつも私に石を投げつけてきました。

    もちろん、当たりっこなかったですけどね。ツバメはとてもうまく飛びますから」

王子  「ツバメよ。どうかお願いだ」

N    「幸福な王子があまりに悲しそうな顔をしているので、小さいツバメは気の毒になりました」

ツバメ 「ここはとても寒い。でも、一晩だけあなたの所にいて、使者になりましょう」

王子  「ありがとう、小さなツバメよ」

N    「ツバメは王子の剣から大きなルビーをつつき出すと、それをくちばしにくわえて、街に連なる屋根の上を飛んで行きました」








男の子 「熱いよぅ……苦しいよ、お母さん」

母親  「ああ、ぼうや。しっかりして」

男の子 「お母さん。ぼく、オレンジが食べたいよぅ」

母親  「……ごめんね……オレンジは買えないの……ほら、お水、もう少し飲みなさい」

男の子 「いらない! オレンジが食べたいんだ!」

母親  「……………ごめんね…………」

男の子 「…………苦しいよぅ……ねぇ、ぼく、死んじゃうの……?」

母親  「何言ってるの! そんなことあるはずないでしょう! すぐにまた元気に走り回れるようになるわ」

男の子 「……ほんとに? こんなに苦しいのに、ほんとに元気になれるの?」

母親  「ええ、もちろんよ。お母さんが嘘言ったことある? 

    でも、元気になるんだって、強く思わなくてはだめよ」

男の子 「むずかしいよ……」

母親  「そんなことないわ。元気になったら色んな楽しいことができるでしょう。

    想像するの。この間の日曜日に行った公園、また行きたくない?」

男の子 「……行きたい……」

母親  「じゃあ、一緒に行きましょう。約束。ほら、できるでしょう?」

男の子 「……うん……」

N    「やがて、男の子は眠ってしまいました。

    母親はそっと寝台から離れると、縫いかけのガウンが置いてあるテーブルに向かって座り、

    その痛々しい両手で痩せた顔を覆いました。

    男の子の具合が、本当はうんと悪いことを知っていたのです」


母親  「……ああ、神様。どうかこの子を連れて行かないで下さい。

    あなたの元へ行くには、この子はまだ幼すぎます。私には、この子しかいないのです……」

N    「母親はしばらく泣いていましたが、やがて涙を拭くと、またトケイソウの縫い取りを始めました。

    とてもそんな気分ではありませんでしたが、そうしないと生きていけないのです。

     ツバメがひとつだけ開いていた窓からこの貧しい家の中に入った時、母親はもうくたくたに疲れて眠っていました。

    ツバメはテーブルの上に、指貫と並べて、大きなルビーを置きました。

    それから、静かに寝台の周りを飛び回りながら、翼で男の子の額をあおいでやりました」

男の子 「ああ、涼しい。なんて気持ちのいい風だろう。

    何だか気分がよくなってきた。きっと元気になれる気がする……」

N    「男の子は夢見半分で呟くと、そのまままた、心地よい眠りにつきました。

     ツバメは幸福な王子の元に飛んで帰り、自分のしたことを話しました」

ツバメ 「不思議ですね。今とても暖かい気持ちがするんです。ひどく寒いというのに」

王子  「それは、お前が良い行いをしたからだよ」








ツバメ 「今夜、私はエジプトに行きます」

N    「翌朝、ツバメは先の事を考えて、元気にそう言いました。

    川まで降りていって水浴びをし、公開されている記念碑を残らず見物し、教会の尖塔の頂に長い間とまっていました」


すずめ1「まあ、見て! 冬なのにツバメがいるわ!」

すずめ2「何てすてきなお客様だこと!」

N    「どこへ行ってもすずめ達がそうさえずってくれるので、ツバメはすっかり嬉しくなりました」








N    「月が出ると、ツバメは幸福な王子の元へ帰りました」

ツバメ 「エジプトに何か御用はありませんか? これから出発しますから」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    もう一晩だけ私の所にいてくれないか?」

ツバメ 「エジプトが、私を待っているんです。明日私の仲間は、第二大滝まで飛んで行きます。

    そこでは河馬(かば)が寝そべっていて、大きな花崗岩の王座にはメムノン神が座っておられます。

    水を飲みに来るライオンは、緑柱玉(ベリル)みたいな緑色の目をしていて、その声ときたら、滝の轟きよりも大きいのです」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    この街のずっと向こうの、ある屋根裏部屋に、一人の青年の姿が見える。

    たくさんの紙で覆われた机に寄りかかっていて、そばの大きなコップにはしおれた菫の花束が挿してある。

    縮れた茶色い髪の毛をしていて、唇は柘榴みたいに赤く、大きな瞳はまるで夢見るようだ。

    劇場の支配人に戯曲をひとつ書き上げようとしているのだけれど、あまりに寒くて、もう字が書けないのだ。

    火格子にはひとかけらの火もなく、ひもじさのあまり、目が回りそうになっている」

ツバメ 「もう一晩だけ、御用をつとめましょう」

N    「ツバメは言いました。本当は優しい心の持ち主なのです」

ツバメ 「またルビーを持って行けばいいんですね?」

王子  「ああ! ルビーはもうないのだ! 残っているのは、この目だけだ」

ツバメ 「目!」

王子  「千年も昔にインドから到来した、珍しいサファイアだ。

    これをひとつ抜き取って、あの青年の所に持って行っておくれ。

    青年はこれを宝石商に売って、食べ物と薪(たきぎ)を買い、戯曲を書き上げるだろう」

ツバメ 「王子様! そんなことはできません!」

N    「ツバメは思わず泣き出してしまいました」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    私の言う通りにしておくれ」

N    「あまり熱心に頼むので、ツバメは王子の目をひとつ抜き取ると、青年の屋根裏部屋へ飛んで行きました」








青年  「ああ、指がまるで雪像のように動かない。

    こうしている間にも、時は海に向かってその流れをどんどん早くしているというのに。

    これではとても期限には間に合いそうもない。

    完成すれば絶対に傑作になるのが分かっていながら、この宝石は決して磨かれることなく、

    陽の当たらない土の下で、冥王に独占され続けるんだ。

    これほど口惜しいことが他にあるだろうか……」

N    「青年がそうして嘆いている間に、ツバメは屋根に開いていた穴から、部屋に飛び込みました。

    青年は頭を抱え込んでいたので、その羽ばたきが耳に入らず、

    しばらく経って顔を上げた時にようやく、しおれた菫の上に美しいサファイアがのっているのに気が付きました」


青年  「世の中とは、思いも寄らないことが起こるものだ! 

    これは誰か、僕を大いに崇拝してくれている人からの贈り物に違いない! 

    ああ、僕もいよいよ世間に認められるようになって来たんだ……。

    さあ、これで戯曲を書き上げることができるぞ!」

N    「そう叫ぶ青年は、全く幸福そうでした」








N    「翌日、ツバメは港へ飛んで行き、大きな船の帆柱にとまって、

    水夫達が船艙から網で大きな箱を曳き上げている様子をじっと眺めました。

    箱がひとつずつ出てくるたびに、水夫達がわーっと大きな声をあげるので、ツバメも叫びました」


ツバメ 「僕はエジプトに行くんだー!!」

N    「誰も気にとめるものはなく、月が出ると、ツバメは幸福な王子の元へ帰っていきました」

ツバメ 「お別れを言いに来ました」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    もう一晩私の所にいてくれないか?」

ツバメ 「もう冬です。まもなくここにも冷たい雪が降るでしょう。

    エジプトでは緑の棕櫚の木に、暖かい陽が差し、ワニが泥の中に腹ばいになって、物憂げに辺りを見回しています。

    私の仲間は、バールベックの神殿に巣を作っているところでしょう。

     王子様、お別れしなくてはなりませんが、王子様のことは決して忘れません。

    来年の春には、与えておしまいになった宝石の代わりに、美しい宝石をふたつ持って帰りましょう。

    そのルビーは赤い薔薇よりも赤く、サファイアは大海のように青いものにします」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    下の広場で、小さいマッチ売りの女の子が泣いている。

    売り物のマッチを全部どぶに落としてしまい、すっかり駄目にしてしまったのだ。

    いくらかでもお金を持って帰らないと、父親にぶたれてしまう。それで家に帰れずにいる。

    可哀相に、靴も靴下も履いていないし、小さな頭にさえ何もかぶっていない。

    私のもうひとつの目を抜き取って、あの女の子に持って行っておくれ。

    そうすれば父親にぶたれずにすむだろうからね」

ツバメ 「もう一晩だけあなたの元にいましょう。

    でも、あなたの目を抜き取るなんて、私にはできません。

    そんなことをしたら、あなたは盲目になってしまいます」

王子  「ツバメよ、ツバメ。小さなツバメよ。

    私の言う通りにしておくれ」

N    「ツバメは王子のもうひとつの目を抜き取り、それをくわえて、さっと飛び降りました」








女の子 「寒いわ。早くお家に帰りたい。壁も屋根も穴だらけで隙間風がひどいけど、それでも外よりはましだもの。

    でもマッチをこんなにしてしまって……またお父さんにぶたれるわ。

    お父さんはわたしのことが嫌いなのかな……わたしがいけない子だから……」

N    「ツバメは女の子のそばをかすめて舞い降りると、その冷え切った小さな掌へ、宝石をすべりこませました」

女の子 「まあ! なんてきれいなガラス玉! 

    冬のツバメなんて、今のは天使さまだったのかしら? 

    ああ、ありがとう! これでお家へ帰れます!」

N    「小さな女の子は嬉しそうに笑いながら、家(うち)へ駆け戻って行きました」








ツバメ 「王子様。あなたはもう盲目になってしまいました。

    ですから私は、いつまでもおそばにいましょう」

王子  「いや、小さなツバメよ。お前はエジプトに行かなければ」

ツバメ 「いいえ。私はいつまでもおそばにいます」

N    「ツバメはそう言うと、王子の足元で眠りました」








N    「翌日、ツバメは何処にも行かず、一日中王子の肩にとまって、自分が数々の異国で見たものの話をしました。

    長い列を作ってナイルの川に立ち、くちばしで金魚を捕える朱鷺(とき)のこと。

    この世界と同じだけ年を取り、何もかも知っている砂漠に住むスフィンクスのこと。

    手に琥珀の数珠を携えながら、駱駝(らくだ)と並んでゆっくり歩く商人のこと。

    平らな木の葉に乗って大きな湖を渡り、いつも蝶と戦いを交えている小人達のこと……」


王子  「かわいい小さなツバメよ。

    お前は不思議なものの話をしてくれるが、男と女の悲しみこそ、何ものにも増して不思議なものなのだ。

    悲惨(ミザリー)に勝る神秘(ミステリー)はない。

    街の上を飛んで、目に映るもののことを話しておくれ」

N    「そこでツバメは、この大きな街の上空を飛びました。

    富豪が浮かれ騒いでいる美しい邸(やしき)の門の前には、物乞いが座っていました。

    薄暗い路地では、物憂げに真っ黒い通りを眺めている、飢えに苦しむ子供達の青白い顔が見えました。

    橋げたの下では、二人の小さな兄妹(きょうだい)が、抱き合って互いの体を暖めようとしていました」


妹   「おにいちゃん、おなかすいたよ……」

兄   「うん、すいたね……」

妹   「おにいちゃん、さむいよ……足がつめたくて、ちぎれそう」

兄   「うん、寒いね……」

妹   「きっとわたしたち、世界でいちばんさむいのね」

兄   「それは違うよ。さっきの店の軒先に座っていた子なんか、靴もはいてなかった。

    世界で一番寒いのは、きっとあの子だ。僕らはまだいい方だよ」

妹   「いちばんじゃないの? それでも、こんなにさむいのね」

兄   「……うん……」

妹   「……おにいちゃんの手、とってもつめたい。世界でいちばんさむいのは、おにいちゃんかも」

兄   「そんなことないよ。ほら、服の中に手をおしまい。もっと冷えてしまうよ」

妹   「ううん、いいの。おにいちゃんをあたためてあげるの。

    ね、こうして手をさすったら、あたたかいでしょう?」

兄   「……ありがとう。じゃあ僕はこうして抱いててあげるよ。ほら、もうおやすみ」

妹   「うん……」

夜回り 「こら! こんな所で寝てちゃあいかん! 何処かよそへ行きなさい!」

兄   「……でも、おじさん。僕ら、行く所がないんです。

    雨も降っているし、今晩だけここにいさせて下さい」

夜回り 「駄目だ駄目だ! さあ、行くんだ!」

N    「兄妹は仕方なく、雨の中をあてもなくさまよい出ました。

     ツバメは帰って、見てきたことを王子に話しました」


王子  「私の体は純金で覆われている。これを一枚一枚はがして、その人々に届けておくれ」

N    「一枚、また一枚と、ツバメは王子の純金の箔をひきはがし、貧しい人々の所へ持って行きました。

    すると、子供達の顔は薔薇色になり、」


兄   「これでもうパンには不自由しないぞ!」

妹   「手袋だって買えるわ!」

N    「と、笑いながら、通りで遊戯をするのでした。

     こうして、とうとう幸福な王子は、すっかり鈍い灰色の体になってしまいました」








N    「やがて雪が降り、霜がおりました。

    通りは銀でできているかのように、明るくきらきらと輝いていました。

    可哀相に、小さなツバメは次第に寒くなってきましたが、それでも王子を置き去りにして行こうとはしませんでした。

    心から王子を愛していたのです。

    ツバメは、パン屋が見ていない所でパン屑をついばみ、翼をぱたぱたさせて体を暖めようとしました。

     しかしとうとう、死期が訪れました。

    ツバメは残っていた最後の力で、王子の肩に飛び上がりました」


ツバメ 「さようなら、王子様! お別れする時が来ました。

    どうかお手にキスさせて下さいませんか?」

王子  「ああ、小さなツバメよ。やっとエジプトに行くのだね。

    淋しいが、嬉しいよ。お前はここに長くいすぎた。

    でも、手などではなく、私の唇にキスをしなさい。私はお前を愛しているのだから」

ツバメ 「私が行くのはエジプトではありません。死の家です。

    でも、どうか悲しまないで下さい。

    死は眠りの兄弟です。そうでしょう……?」

N    「ツバメは幸福な王子の唇にキスをすると、その足元に落ち、二度と動かなくなりました。

    その瞬間、何かが壊れたような、ぴしりという音が響きました。

    王子の鉛の心臓が、真っ二つに割れたのです。

    いかにもそれは、厳かで恐ろしい音でした」








N    「翌朝早く、下の広場を、市長が市議会議員達と連れ立って歩いていました。

    円柱のそばを通り過ぎた時、市長は幸福な王子の様がすっかり変わってしまっていることに気が付きました」


市長  「おやおや! 幸福な王子はなんてみすぼらしくなってしまったんだ!」

議員1 「おお! これは一体どうしたことでしょう!」 

市長  「剣のルビーは抜け落ちているし、目のサファイアもなくなってるじゃないか」

議員1 「それにもう、金ぴかじゃありません」

市長  「まったく、乞食(こじき)も同然だな」

議員2 「おまけに、鳥が足元で死んでいますよ。見苦しい」

市長  「もはや美しくないのだから、こんな像は不要だ。引き下ろしてしまえ!」

N    「幸福な王子の像は、引き下ろされてしまいました」

市長  「別の像を立てねばならんな」

議員1 「それは私のにしましょう!」

市長  「何を言う! わしのだ!」

議員2 「いいえ! 私のです!」

N    「市長と市議会議員達は、いつまでも口論していました」








職工長 「なんて不思議なことだ!」

N    「像を炉で溶かしていた、鋳物(いもの)工場の職工長が言いました」

職工長 「この割れた鉛の心臓は、炉に入れても溶けやしない。捨てるしかないな」

N    「鉛の心臓は、ツバメの死骸の転がっている塵の山へ投げ捨てられました」








神様  「あの街中で一番尊いものを、ふたつ、持って来なさい」

N    「神様がひとりの天使に、そう言われました」

天使  「尊いもの、ですか?」

神様  「ああ、そうだ。お前がそう思うものを、持っておいで」

N    「そこで天使は、鉛の心臓と、死んだ小鳥を、神様に持って行きました」

神様  「よくこれを選んだね。お前が持って来たものは、正しかったよ。

     天国の私の庭で、この小鳥が永遠に歌い続けるようにし、私の黄金の街で、幸福な王子が私を褒め讃えるようにしよう……」








N    「――世界中の悲しみと貧困が、ひとつでも多くの幸福に成り代わることを――













原作>
オスカー・ワイルド

<参考文献>
オスカー・ワイルド 作 西村孝次 訳 『幸福な王子−ワイルド童話全集−』 新潮社文庫
西村鶏介 編 『名作百科@巻 世界の名作 上巻』 学研
桐生操 『本当は恐ろしいグリム童話U』 KKベストセラーズ
オスカー・ワイルド原作 曽野綾子 訳 建石修志 画 『幸福の王子』 バジリコ株式会社








○ あとがき ○


※N=ナレーター



某アフレコオンリーイベントに提供したシナリオのノーカット版です。
ちょっとミステリアスな学園もの、殺人事件が起こる探偵もの、どたばたファンタジー、和風ファンタジーという顔ぶれの中で、ひとつあえて異色作を混ぜてみたもの。
『solitary marionette』のようなものよりも、こういうものの方が何倍も難しかったりします。特にナレーション。
放送部・演技者・ボイスパフォーマーの皆様、是非チャレンジしてみて下さいませ。



「私の黄金の街で、幸福な王子が私を褒め讃えるように」とは、神と共に永遠に生きる、ということなのだそうです。


「童話」「朗読劇」「戯曲」を意識して、言葉選びやセリフ回しなども、いつもと変えてみたり。
「ツバメ、鳥目じゃないのか」とか、色々ツッコミながら書いてましたが……物語の主旨はそこじゃないので言っちゃ駄目なんでしょうね(笑)。
(いえ、いい話だと真面目に思ってますよ。大人酷いですが……)


シナリオ化にあたって、結構アレンジしちゃってます。
原作と読み比べてみると、楽しいかもしれません。
ツバメがどうして仲間から6週間も遅れてしまったのか、その理由も分かりますよ。
↑の参考文献にもあげている新潮社版が、お値段も安くてオススメです。
(『本当は恐ろしい〜』をあげているせいで誤解を招きやすいようなんですが、これはグリム童話ではありませんー。
……何で収録されてるんだろう……?)


実はこれ、何気に古いです。
加えて、これはイベントパンフ(台本)に載ってないVer.の為長らく読んでなかったら、記憶になかったり、「ええ!?」って自分で驚いたりする部分が結構あり……修正しようかと思いましたが、一箇所直すとあっちもこっちもいじりたくなるので自粛。
あの時の私にしか書けないものだから、ということにしておいて下さい(笑)。


えと、ところで、分割するか迷った末、結局1Pに収めたんですが……実際どうなんでしょう? 長い?
あと、シナリオってことで書式の関係上、予定よりもフォントが小さくなってしまいました。
(※当サイトの推奨フォントサイズはLです
「見にくいよ!」という方は、文字のサイズをG(最大)に変えてご覧下さい(書式は崩れちゃいますが……)。目は大切に!
このふたつについて決断したのは半平太なんで、苦情は彼女まで(微笑)。
っていうか、私の視力にトドメをさす気か(爆)! ←泉は両眼0.1以下です。半平太は目いいけど(呪)。


小説・詩・詞・シナリオ
……同じ「文章」ジャンルでも、どれも魅せ方や勝手はかなり違いますね。
そこが難しくもあり、楽しくもあり。苦しくもあり、面白くもあり。
いつか舞台用のシナリオも書いてみたいなあ……使う機会絶対ないけど。











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